2024/08/19 16:35
※弊社発行フリーペーパー「タニシインフォメーション」vol.274 2022年9月号掲載から
株式会社タニシ企画印刷は今年の8月で設立40周年を迎えることとなりました。期としては40年目ですが、創業は46年と少しズレがあり、創業50周年は2026年(令和8)となります。数年後の50周年に先立って、設立40周年を機に会社の成り立ちなどを踏まえ、昔のタニシがどんな感じだったのかを相談役や制作の高橋(1984年入社)に話を聞いてまとめました。
当社は1976年(昭和51)4月に現会長が南区東雲町で「タニシぷりんと企画」を創業したところからスタート。初めてお会いする方に会社の名前を伝えた際に、「創業者の方のお名前は田螺さんですか?」と聞かれることが多々あります。会社名は「田河内」ともう一人の創業者「西村」さんの頭文字1文字ずつを取り『タニシ』と今も続く名前になっています。
1970年代、印刷業界は活版印刷からオフセット印刷に移行が進み始めた頃。コンピュータやワープロによる組版(文字や図・写真を配置する作業)も出始めていましたが、会社では写植機1台から始めたそうです。写植機では紙やフィルムに印刷の内容を転写し、印刷の内容を作成します。写植機は今で言う印刷データを作成することしか出来ず、版を焼いたり、印刷自体は別の会社にお願いしていました。当時は売り上げもほとんどなく、大変だったそうです。(つづく)
(追記:2024年10月)たにし長者のはなし
記事にもありますが、お客様や取引先の方から「会社名のタニシってどこから来てますか?」的な事をよく聞かれた時期があります。ちょうど田河内秀子が社長になったくらいの頃です。当時入社して間もないころの私(高尾)もその答えを知らず、「さあ、なんででしょう?」と首をかしげていました。
「社長、この会社の名前の『タニシ』ってどこから来てます?」と聞いたことがあります。答えは記事の通りなのですが、「それじゃあ面白くないけぇ、自分はこう言うんよ」とたにし長者のはなしをしてくれました。話の最後に「たにし長者みたいに将来大きくなるんよ」と言っていたのを覚えています。
「たにし長者」のこと、気になる方は検索してみてください。昔ばなしによくある、ちょっと変わったサクセスストーリーに出会えます。